多くの運送会社の経営者にとって最大の関心ごとは、ドライバーからの未払い残業代請求への対策です。
長時間労働が常態化しやすい運送業では、労働基準法が原則としている労働時間ベースの賃金制度で給与を計算すると、賃金額が非常に高額になることがあります。
そこで、運送業界やタクシー業界では古くから売上をベースとした歩合給制を採用している会社が多くあります。
歩合給制は労働者の成果や業績に応じて報酬が支払われる仕組みで、ドライバーにとっても成果を実感しやすく、インセンティブ効果がある点がメリットです。
ところが、多くの運送会社では制度設計が不十分なため多額の未払い賃金が発生しています。
訴訟で数百万円から数千万円の支払いを命じる判決が出たり、複数のドライバーから同時に請求されるケースでは1億円以上の支払い命令が下されることもあります。
今回は、運送業における歩合給制の法的な有効性と、導入時の実務的・法的な注意点について解説します。
歩合給制は違法?
「歩合給制は違法である」と誤解している経営者は多いですが、歩合給制そのものが法律上違法とされているわけではありません。
労働基準法第27条で「出来高払い制の保障給」について規定されていることからもわかるとおり、出来高に応じて賃金を支払う制度そのものは適法とされています。
過去の判例においても、歩合給制は一定の条件の下で有効と認められています。
ただし、歩合給制であるからといって時間外労働の管理や割増賃金の支払いが不要になるわけではありません。
歩合給制を導入した場合であっても、労働時間の把握や時間外労働に対する割増賃金の支払いは必要である点に注意が必要です。
歩合給制のメリットと実務上の有効性
運送業は、売上額、配送件数、走行距離などの指標により比較的成果の定量化がしやすい業種であるため、歩合給制との親和性は高いといえます。
また、効率性が給与に直結する歩合給制は、ドライバーのモチベーション向上や業務効率化の促進に繋がることも期待できます。
加えて、未払い残業代請求リスクの軽減も大きなメリットとなります。
通常の割増賃金は次の式で計算されます。
これに対して、歩合給については次の始期で計算されます。
そのため、残業代の総額を大幅に抑えることができます。
現に運送会社では、歩合給制による賃金計算が一般的に行われています。
ところが近年、制度設計が不十分なために法的な有効性が否定される裁判例が続いています。
その多くは、割増賃金の潜脱を目的としたものと見なされ、裁判所がその有効性を否定したものです。
歩合給ベースの賃金制度の設計が、割増賃金制度の潜脱を目的とした「定額働かせ放題」になっていないか注意が必要です。
また、トラックドライバーのように業務内容が比較的定型的で、配車係による指示に拘束され、労働者の裁量が少ない職種に歩合給制を適用することに否定的な見解があるのも事実です。
歩合給制は、運送会社の賃金未払い問題をたちまち解決する「魔法の杖」ではありません。
歩合給制を導入したとしても、適正な労働時間の管理、残業時間の削減に向けた取り組み、実態に即した就業規則の整備等は不可欠であることを忘れてはいけません。
運送業における歩合給制の注意点
歩合給制の有効性が認められるためには、制度設計と運用において、以下の点に留意する必要があります。
成果と賃金の連動性の確保
当然ながら、賃金額が、配送件数や売上額など、労働者の成果に応じた一定の比率で決定される必要があります。
形式だけの歩合給ではなく、明確な成果指標と賃金との関係がなければ制度の正当性が認められません。
雇用契約・就業規則への明記
歩合給の計算方法について雇用契約書および就業規則に明確に記載し、労働者に周知する必要があります。
これにより、歩合給制が労働契約の内容となっていると評価されます。
賃金の計算方法がブラックボックス化していると、有効性が否定されるおそれがありますので注意が必要です。
割増賃金の適正な支払い
すでに説明したとおり、歩合給制を採用する場合でも、時間外労働があれば割増賃金の支払いは当然必要です。
歩合給に対する割増部分が適切に支払われていないと、時間外労働に関する法規制を潜脱する目的の賃金制度だと評価されるリスクが高まります。
実態との整合性
歩合給制が有効とされるには、制度の実態が名目通りに機能していることが前提です。
名目だけの歩合給で、実際には経営者が鉛筆を舐めながらドライバーの給与を決めている場合には、制度そのものが否定されるリスクがあります。
導入時の具体的ステップ
運送業で歩合給制を導入する際には、次のようなステップを踏むことが望まれます。
非常に手間と時間がかかり、事業運営やドライバーの生活に与える影響も大きいことから、専門家の指導の下で慎重に進めることをお勧めします。
- 現行の賃金制度のリスクを把握する。
- 労働時間の管理が法律にのっとって適切にできているか確認する。
- 現行の賃金額や時間外労働の実態を踏まえ、賃金制度を設計する。
- 試算を行い、新旧の計算方法でどれだけの差額が発生するか確認する。
- 不利益変更が生じる可能性や、労働者の不利益を緩和するための激変緩和措置をとる必要性の有無を検討する。
- 就業規則や雇用契約書の改定を行い、歩合給制の内容について明記する。
- 全ドライバーに対して制度の説明会を行い、改定後の賃金制度について同意を得る。
- 勤怠集計と歩合給制による給与計算を適正に行うための体制を整備する。
- 導入後も制度の運用状況を定期的に見直し、改善を図る。
終わりに
運送業界における歩合給制の導入は、適切に設計・運用すれば労使双方にとってメリットのある制度となりますが、法的にも実務的にも多くの注意点が存在します。
自社の実態や裁判例を踏まえて適切な制度設計を行いましょう。